”起業したときの思い♪”   

30歳を目前にしていた頃は、アジアクラブを退団し、田七の営業をしながらシンガポールへ逃亡計画をしていたっけ。

その後、池袋北口の中国書店が大きく私の人生を変えることになったけど。

逃亡せず日本に残り、現実に向き合ったお陰で目の前が開けていったような!

田七の営業をしていた会社は、経営者自身の人格にとても問題が多かった。でも、ここでもいろんなドラマがあって楽しい思い出も今となれば多々あるけど。

広報で入ったのに、経理で入った子もみんな営業だった。20人くらいの女の子が居て、それぞれに机一台に電話一台がもれなくついていて・・・笑。マニュアルがあって治療院などに営業の電話をする。
次の週の始めには、必ず誰かが居ない・・・そう、辞めちゃってた。

・・・私もアジアクラブは国際交流の団体だったから、その意識で、中国の生薬を広めていくの言葉に惹かれ入社したから、いきなり営業をさせられ騙された~の思い。

ある日、皆で抗議しようと、ルノアールでランチ食べた後、会長に出す抗議文を書面化して提出するため午後の仕事はボイコット。三時くらいに社に戻り、社長に渡すと怒らず「そうですか」と。その後、4時に会長が来て書面を読んだあと、いきなり机にゲンコツ!
「ここは組合じゃない!」って!

まだ、入って二週間目とかです。
それ以来、会長は身体の調子がおかしいといって会社に来なくなった。でも、後で、その会長が取締役7人の出資金を持ち逃げたという話が舞い込み、私たちの給料が出ないということに。

そんな可笑しな会社もあるんですね。
ここで私はまた一段と強くなったように思います。笑。

そして中国人社会にどっぷり浸かり、更により強くなるわけです。笑。

予期せぬ出来事が起こること。
でもそれに一喜一憂していてもしょうがない。
そこは老子の世界です。
ただ、当時はうろたえますが・・・今だから平常で居られるのかも。(少しずつ修行みたいな)

こんな会社だったので独立したときは、お客様が着いてきてくれました!
それが一番嬉しかったこと。

また、当時お世話になっていた、ヤクルトの常務取締役だった上野さんが経営のことなどを教えてくださって。上野さんは、当時一緒に働いていた張さんの保証人。

駄目社長に代わり、張さんと私を雲南省へ行かせてくれ、その費用も出してくださったり。
とにかく、田七人参、そして私たちを応援してくださってた。

バブルも崩壊し、親など周囲は起業することを反対したけど・・・
やって良かった!!

今、心からそう感じてますmm☆

ここまで来る間に出会った皆様に感謝ですmm☆
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by charu-natsu | 2010-06-05 07:39 | 仕事

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